『イシューからはじめよ』の「60%で回せ」が理解できなかったので、検算してみた

安宅和人さんの『イシューからはじめよ』に、何回読んでも理解できない一文があった。

60%の完成度でもう一度サイクルを回せば、半分の時間で80%を超える——そういう話が出てくる。

読み流さずに、検算してみた。それを書いてみたい。

目次

60%で回せ、という話が理解できなかった

本書の後半に、回転率とスピードの話が出てくる。

イシューに答えを出すときは、完成度を高めようと丁寧にやりすぎるより、素早く回して何回転もさせる方がいい。著者の経験では、60%の完成度までは1時間で行けるとして、そこから70%に上げるのにもう1時間。70%から80%に上げるには、倍の2時間かかる——完成度を上げるほど、時間の効率は悪くなっていく。

ここまでは、わかる。言いたいことも、たぶん合っていると思う。

でも、その次の一文が、理解できなかった。

60%の完成度の状態で再度はじめから見直し、もう一度検証のサイクルを回すことで、「80%の完成度にする半分の時間」で「80%を超える完成度」に到達する

何回読んでも、頭に入ってこない。

僕の読解力の問題かもしれない。そう思って、計算してみることにした。

検算してみた——どう読んでも、合わない

まず、著者の主張を数字に置き直してみる。

80%の完成度まで真っ直ぐ進むと、どうなるか。60%までに1時間。70%まで、もう1時間。80%まで、さらに2時間。合計で4時間かかる。

「80%にする半分の時間」——つまり、2時間。

60%の時点で、すでに1時間使っている。だから著者の主張はこうなる。「あと1時間、検証のサイクルをもう一周まわせば、80%を超える」。

本当にそうなるのか、成り立つ道を探してみる。一周目で60%。残りは40%。二周目の1時間が、この残り40%にも同じ調子で効くとすれば、40%×0.6で24%の上乗せ。合計84%。たしかに、2時間で80%を超える。

でも——「残りの40%に、二周目が効く」って、どういうことなのか。ここからが分からない。

同じ方法で、最初からもう一度やるということなら、出てくる答えは同じはず。60%は60%のまま。同じ時間でもう少し深く掘れるかもしれないけど、それなら最初からシンプルに70%を目指した方がよくないか。

違う方法でやるということなら、その検証結果は別のベクトルの60%。元の答えの残り40%を埋めることには、ならないんじゃないか。

仮に同じベクトルに足せるとしても、それは60%+60%という、変な足し算になる。

どのルートで読んでも、「半分の時間で80%を超える」には届かない。完成度を求めるなら、結局は時間をかけるしかないんじゃないか——それが、最初の検算だった。

成立する読み方を、探してみた

計算が合わないのは、僕の読み方が悪いのかもしれない。そう思って、あの一文が成立する読み方を探してみた。

一つ目。「全体を一周したから、弱いところが見えている。二周目は、そこを直す」という読み方。

これなら、二周目に意味はある。でも、それは「見直し」であって、磨きがかかるだけ。60%の中身が綺麗になるだけで、残りの40%が埋まるわけじゃない。

二つ目。「良かった部品は残して、弱い部品だけ、別の材料で差し替える」という読み方。

これなら、完成度は上がるかもしれない。でも、それはもう「やり直し」じゃない。改訂と呼ぶべきもの。

著者の言葉は、「再度はじめから見直し、もう一度検証のサイクルを回す」。どう読んでも、やり直しのこと。

やり直しとして読むと、計算が合わない。成立させようとすると、「やり直し」という言葉の方を捨てるしかなくなる。

つまり——言葉と、中身が、噛み合っていない。

「半分の時間で80%を超える」という数字も、著者の経験から来たもので、こちらから検証のしようがない。

理解できなかったのは、たぶん、そういうことだった。

持ち帰れたものと、見つからなかったもの

読み解くのは、ここで諦めた。代わりに、問いを変えてみる。この一文から、僕が実際に持ち帰れるものは何か。

持ち帰れたものは、ある。二つ目の読み方——弱い部品を、別の材料で差し替える——を実行の形に直すと、「一回答えを出してみて、足りないなら、別の材料や方法を足す」になる。これは使える。

ただ、これ、実は同じ章に、普通の言葉で書いてある。

どんな方法であってもよいからイシューに答えを出せればよい

僕はここを読んだとき、「これに尽きる」と思った。つまり、あの難解な一文を検算して、読み方を探して、最後に残った中身は——同じ章の、この平易な一文と同じだった。

そして、見つからなかったものがある。時間の近道。

あの一文が約束していたのは、「半分の時間で、80%を超える」だった。でも、検算しても、読み方を探しても、その道は最後まで見つからなかった。材料を足せば、完成度は上がるかもしれない。ただ、材料を足すには、その分の時間がかかる。

僕の結論は、シンプルになる。完成度を求めるなら、時間をかけるしかない。

そういえば、本書の序章には「根性に逃げるな」とあった。労働時間じゃなくて、成果が大事、と。それはその通りやと思う。でも、「素早く回し、何回転もさせる」こと自体、回数のぶんだけ時間がかかる。回転にも、時間と、それなりの根性が要る。

近道に見える話ほど、結局は「かける時間」の話に戻ってくる気がする。

まとめ:数字がもっともらしいほど、検算していい

本書でこの一文に出会ってから、検算して、読み方を探して、最後は問いを変えて——結局、「半分の時間で80%を超える」道は見つからなかった。

言葉と中身が噛み合っていない文章は、どれだけ読んでも分からない。分からなくて、当然だった。

だから、もし同じ場所で止まった人がいたら、それはたぶん、あなたの読解力の問題じゃない。

そして、これは本書に限った話でもない気がする。数字やパーセントで説明されると、それだけでもっともらしく見える。立派な例えで説明されると、深いことを言っているように聞こえる。前に別の本で、立派な例えを掘っていったら、「急ブレーキはやめましょう」という当たり前が出てきたこともあった(→アナロジー思考は「使い方」で罠になる)。

もっともらしさと、中身は、別物。

数字がもっともらしいときほど、一回、自分で検算していい。合わなかったら、悪いのは自分の頭じゃなくて、文章の方かもしれない。

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書籍情報

『イシューからはじめよ[改訂版]――知的生産の「シンプルな本質」』
著者:安宅和人
出版社:英治出版
発売:2024年(初版:2010年)

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