安宅和人さんの『イシューからはじめよ』を、読み終えた。
名著と言われるだけあって、学びはあった。ただ、それ以上に「難しい」が残った。
この難しさの正体と、誰のための本なのかを、書いてみたい。
この本は、難しかった
最初に、正直な感想を言ってしまう。この本は、難しかった。読み終えるまでに、いつもの何倍も時間がかかった。
内容が悪いわけじゃない。イシュー——「何に答えを出すべきか」を最初に見極める——その大事さは、なんとなく理解できた。読んでよかったとも思っている。
でも、ページをめくるたびに、引っかかった。例えが分からない。解説が頭に入ってこない。途中で、読むのをやめようかと思ったことも、正直ある。
もし同じように、この本の途中で止まっている人がいたら。あるいは、読み終えたけど「みんなが絶賛するほど、腹に落ちていない」という人がいたら——その難しさの正体を、僕なりに考えたので、書いてみたい。
たぶん、頭の良し悪しの話じゃない。
例えが、僕の世界のものじゃない
難しさの正体を、具体的なところから話したい。
本書に、「良いイシューには深い仮説がある。その定石は、常識を否定すること」という話が出てくる。例として挙げられているのが、地動説と、アインシュタインの相対性理論。正直、何の話か分からなかった。
ビジネス側の例は、こう。
「拡大していると思われている市場が、先行指標では大きく縮小している」「より大きいと思われているセグメントAに対し、収益の視点ではセグメントBのほうが大きい」
こんなこと言われても、誰が理解できるねん——と思った。
他にも、イシューを分解する「型」の解説は、何回読んでも理解できなかった。「これを読み解けるレベルに、僕はおらへん」と、そのとき思った。
でも、読み終えてから、考え直した。
例えというのは、自分の知っている世界のものだから、効く。ゲームをする人なら「スマブラで言うと」で一発で伝わる。アニメを見る人なら「あの主人公で言うと」で伝わる。野球が好きなら野球で、料理をする人なら料理で。逆に、知らない世界の例えは、どれだけ丁寧でも暗号でしかない。
本書の例えは、市場、セグメント、先行指標、研究、論文——コンサルタントと研究者の世界のものでできている。著者がその世界で生きてきた人だから、当然そうなる。
そして僕は、そんな世界で生きていない。
例えが分からなかったのは、頭の問題じゃなくて、たぶんこれだった。著者の世界と、僕の世界が、離れている。
もっと根本の問題——実行できる場がない
例えの難しさは、まだ入り口の話。読み終えて、もっと根本的な引っかかりが残った。
イシューを見極める力は、本書にも書いてある通り、繰り返し実行しないと身につかない。考え方を知っただけでは使えなくて、実際の仕事で何回もやって、やっと自分のものになる類のスキル。それはたぶん、その通りだと思う。
じゃあ、その「実行の場」は、どこにあるのか。
サラリーマンには、社風がある。「そもそも、これは何のためにやるんですか」と聞ける空気の会社と、聞けない会社がある。自分の意見を言って、それが採用される——そういう場に立てるまでには、時間がかかる。年功序列の会社なら、なおさら。
そもそも、「これは何のためにやるのか」と聞かれても、知らんがな、となる場面の方が多い。目的は上が決めていて、降りてくるのは作業だけ、ということも珍しくない。
つまり、こうなる。繰り返し実行しないと身につかないのに、実行できる場が、そもそもない。本の中身の前に、前提が崩れている。
これが、この本の「難しい」の、もう一つの正体だと思う。読んで理解する難しさの先に、使う場所がない難しさがある。
じゃあ、この本は、誰のための本なのか。
じゃあ、誰のための本なのか
実は、このヒントは本書自身が出している。
5章の冒頭に、「論文やプレゼンの資料をまとめることと無縁の人は、目を通す程度でよい」という趣旨のことが書いてある。著者自身が、読者を絞っているということ。
会社員の多くは、評価基準も、何を出すべきかの指示も、決まっている。求められたものを、順番に説明すれば伝わる。だから正直、会社員は4章まででいいと思う。5章は、論文やプレゼンの世界の人のための章。
丸ごと向いているのは、論文やプレゼンで戦う人。研究者、コンサルタント、企画や提案を仕事にしている人——本書の例えが「自分の世界の言葉」で読める人でもある。
それと、もう一種類。自分で事業をやる人。副業でも、個人でも。ここは話が変わってくる。何をやるかも、何のためにやるかも、全部自分で決められる。つまり、サラリーマンには無かった「実行の場」が、丸ごとある。イシューの見極めを繰り返す環境として、たぶん一番向いている。
最後に、一つだけ注意も書いておきたい。サラリーマンのまま、この思考を本気でやろうとすると——イシューは見えるのに、動ける場がない、という状態になりやすい。それは、今の会社への不満が強くなる、ということでもある。読んで賢くなった分だけ、しんどくなる可能性がある。
この本は、そういう本だと思う。効く人には効く。でも、万人向けの顔をした、専門書。
まとめ:挫折しそうな人へ
この本の難しさの正体は、二つあった。
一つ。例えがコンサルタントと研究者の世界のものでできていて、その世界の外にいる人には、読み解きにくい。
二つ。繰り返し実行しないと身につかないのに、多くのサラリーマンには、実行できる場がない。
どちらも、読む側の頭の良し悪しの話じゃない。住んでいる世界と、立っている場所の話。だから、この本の途中で止まっている人は、それを恥じる必要はないと思う。
それでも読むなら、著者に倣って、割り切っていいと思う。会社員なら4章まで。例えが分からない箇所は、飛ばしていい。
分からないなりに、拾えるものが無いわけでもない。僕は「悩むな、考えろ」と「分析とは比較」を持って帰ったし、どうしても分からなかった一文は、検算して遊んだ(→『イシューからはじめよ』の「60%で回せ」が理解できなかったので、検算してみた)。
難しい本を、難しいまま、全部ありがたがらなくていい。自分の世界に持って帰れるものだけ、持って帰ればいい。
関連記事
・『イシューからはじめよ』の「60%で回せ」が理解できなかったので、検算してみた
・『メタ思考トレーニング』で変わらなかった僕が、見つけたもの
・『イシューからはじめよ』で一番納得した一文——想定と違っても、意味がある
・違いが「ない」も、答えになる——『イシューからはじめよ』の「分析とは比較」に付け足したいこと
書籍情報
『イシューからはじめよ[改訂版]――知的生産の「シンプルな本質」』
著者:安宅和人
出版社:英治出版
発売:2024年(初版:2010年)
