アナロジー思考は「使い方」で罠になる——『メタ思考トレーニング』を読んで

細谷功さんの『メタ思考トレーニング』には、「アナロジー思考」という考え方が出てくる。
便利な思考法として紹介されているけれど、読みながら、僕は3回引っかかった。
その引っかかりを、順番に書いてみたい。

目次

アナロジー思考とは「遠くから借りてくる」こと

アナロジー思考とは、簡単に言うと「似ているものから考える」こと。

あるものを抽象化して、別の分野の似た構造を見つけて、そこからアイデアを借りてくる。本書では、これを「遠くから借りてくる」と表現していて、新しい発想を生む強力な方法として紹介されている。

確かに、便利な思考法だと思う。

ただ、読み進めるうちに、いくつか引っかかる箇所が出てきた。

罠1:抽象化は、上げすぎると目的を見失う

本書では、抽象化のレベルを上げるほど汎用性が上がって、「遠くの世界」が見えてくる、と書かれている。

確かに、高く上がるほど、遠くまで見渡せる。

でも、ここで引っかかった。本当に、上げれば上げるほどいいんだろうか。

たとえば、「会社の組織」について考えたいとする。会社は、人間の集まり。その人間を抽象化していくと、「哺乳類」「動物」「生物」、最後は「もの」になる。

「もの」まで行くと、会社について考えていたことが、どこかへ消えてしまう。遠くの世界が見える代わりに、足元——元々考えたかった会社が、見えなくなる。

僕の感覚だと、抽象化は上げても2段くらいでいい。

たとえば人間を「動物」まで上げてみる。すると、アリも同じ仲間に見えてくる。アリの群れには、よく働くアリと、ほとんど働かないアリがいるらしい。働かないアリにも「余力」としての役割があるという。みんなが一斉に疲れたら群れが回らないから、わざと休んでいるアリがいる、という話。

この構造を、会社に当てはめてみる。すると、「働いていないように見える人にも、何か意味があるのかもしれない」という新しい見方が借りられる。

これが、著者の言う「遠くから借りてくる」ということ。適度に抽象化して、別の分野の似た構造を見つけて、そこから具体化して借りてくる。

「もの」まで上げると、遠すぎて何も借りられない。でも、2段階くらいで止めれば、会社に効くヒントが手に入る。

ここで思う。「抽象化のレベル」とは、そもそも何なんだろう。ただ高く上がることなのか。それとも、応用の効く本質を、ちょうどいい高さで掴む精度のことなのか。

たぶん、後者。高く上がるだけなら誰でもできる。でも、アリの「働かないアリ」みたいに、会社に応用できる本質をちょうどいい高さで掴むのは、精度がいる。

「レベルを上げる」を「高さ」だと思うと、上げすぎる罠にはまる。「精度」だと捉えれば、その罠を避けられるのかもしれない。

罠2:論理思考と「対極」は誤解——本当は共存している

本書では、アナロジー思考は論理思考とは「対極」の思考法だと書かれている。論理思考には飛躍がないが、アナロジーは飛躍を起こす、と。

でも、ここでも引っかかった。

「対極」と言われると、逆の方向に進むものをイメージする。でも、アナロジーと論理思考は、逆向きというより、共存しているんじゃないか。

車で例えてみる。

論理思考は、同じ車線をまっすぐ進んだり、バックしたりする動き。一歩ずつ、筋道を辿って進む。

アナロジー思考は、別の車線に移る動き。今いる車線から、隣の車線へ。車線変更。

この2つは、逆向きに走っているわけじゃない。同じ道を、使い分けているだけ。まっすぐ進みたいときは論理、別の視点が欲しいときは車線を変える。むしろ、両方使えた方が、目的地に早く着く。

それともう一つ。「飛躍」という言葉も、しっくりこなかった。

「飛躍」と聞くと、急に変形して空を飛ぶような、大きな跳躍をイメージする。でも、アナロジーがやっているのは、そこまで派手なものじゃない。地続きの道を、隣の車線に移るだけ。

「飛躍」より「車線変更」。それくらいの距離感の方が、アナロジー思考の実感に近い気がする。

罠3:「深く具体化するほど良い」とは限らない

本書には、アナロジー思考をするには「まず徹底的に具体的にとらえることが重要」と書かれている。

例として、自転車のブレーキが出てくる。前輪ブレーキは高速時に使うと危険で、後輪ブレーキは瞬発力はないが着実に効く、という話。

正直、引っかかった。自転車のブレーキの仕組みなんて、そもそも詳しく知らない。アナロジー思考をするのに、そこまでの専門知識が要るんだろうか。

著者は、この自転車のブレーキを、クレーム対応に当てはめる。怒っているお客様には、いきなり前輪ブレーキ(その場の解決策をぶつける)ではなく、まず後輪ブレーキ(担当者がひたすら話を聞く)で徐々に落ち着いてもらう、と。

でも、これも気になった。自転車のブレーキに例えなくても、たどり着く結論じゃないか。

お客様が怒っているときは、ストレスが溜まっている。感情面を考えれば、とりあえずの解決策を出すより、まず吐き出してもらう。落ち着いてから、解決策や妥協案を話し合う。いきなり解決策を出すのは、吐き出させずに上から抑えるようなもの。それが良くないことくらい、わかると思う。だから、アナロジーを使わなくても、そこにたどり着く。

つまり、徹底的に具体化しても、出てくる結論が「常識で分かること」なら、その具体化に意味はあったんだろうか。

深く具体化するほど良い、とは限らない。深く掘っても、当たり前の結論しか出ないこともある。

ここで、正直わからなくなる。じゃあ、僕がさっき考えた「急ブレーキはやめよう」くらいの浅い紐づけは、アナロジー思考と言えるのか。それとも、著者のように深く紐づけて初めて、アナロジー思考なのか。

考えてみたけど、たぶん、はっきりした正解はない。思考なんて、ふわっとしたもの。どこからがアナロジーで、どこからが違う、なんて線は、誰かが決めたものじゃない。

だったら、自分の中で決めればいい。浅くても、そこから何かが借りられて、自分の役に立ったなら、それで十分なんじゃないか。

まとめ:アナロジー思考との付き合い方

アナロジー思考を読みながら、3回引っかかった。

抽象化は、上げすぎると目的を見失う。論理思考とは対極じゃなく、共存している。深く具体化しても、当たり前の結論しか出ないこともある。

3つに共通するのは、「やりすぎ」や「決めつけ」への違和感。高く上げるほどいい、対極だ、深く掘るほどいい——本書の説明をそのまま受け取ると、どこか引っかかる。

でも、引っかかったからこそ見えたことがある。

どこまで抽象化するか、論理とどう使い分けるか、どこまで具体化するか——その加減に、決まった正解はない。

正解がないなら、使いながら掴んでいくしかない。上げすぎたり、深掘りしすぎたりしながら、自分にちょうどいい加減を見つけていく。罠1で書いた「精度」も、結局は使いながら磨くものなんだと思う。

思考なんて、ふわっとしたもの。その輪郭は、誰かに教わるんじゃなく、自分で確かめていく。

それが、アナロジー思考との付き合い方なのかもしれない。

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書籍情報

『メタ思考トレーニング 発想力が飛躍的にアップする34問』
著者:細谷功
出版社:PHP研究所(PHPビジネス新書)
発売:2016年

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