『嫌われる勇気』は、他者を信頼できれば他者は仲間になる、と言う。
でも、仲間でもない相手を、いきなり無条件で信じることはできない。
信用を積んだ先に、信頼がある。順番が逆じゃないか、という話。
「他者を信頼できれば、他者は仲間になる」に引っかかった
『嫌われる勇気』の5章に、こういう話が出てくる。ありのままの自分を受け容れることができて、他者を信頼できるようになれば、他者は仲間になる、と。
読んだとき、順番がおかしいと思った。
信頼というのは、仲間になったあとに出てくるものじゃないのか。まだ何の関係もない相手を、先に信頼しろと言われても、できる気がしない。
この引っかかりは、読み終えても消えなかった。だから、自分なりに順番を並べ直してみたい。
仲間でもない相手を、いきなり信頼できるか
信頼するというのは、相手に何かを預けることだと思う。お金でも、時間でも、秘密でも。返ってこないかもしれないものを、返ってくると思って渡す。
だから、相手のことを何も知らない段階でそれをやるのは、無理がある。
無条件で信じろと言われて、その通りにしたとする。相手が思ったように動かなかったとき、損をするのは自分だ。渡したものは返ってこない。リスクだけを、自分が背負うことになる。
それは信頼というより、なげやりというか、考えなしというか。自分がどうなるかを相手任せにしているという意味では、それこそ他人の人生を生きていることにならないか。知らん相手に、いきなりそこまではようせん。
信頼は、たぶん結果として出てくるものだ。関係を積んだ先に、いつのまにかそうなっている。入場券みたいに、最初に差し出すものではない。
本は「信用」と「信頼」を分けている
ここまで書いておいて何だけど、本の側にも言い分がある。
この本は、信用と信頼を別のものとして定義している。対価があるのが信用、対価がないのが信頼。条件つきで信じるのが前者、条件なしで信じるのが後者だ。
つまり著者は、言葉の意味をこっそりすり替えたわけじゃない。先に定義を宣言したうえで、無条件のほうを選べと言っている。
著者はインタビューでも、同じことをもっとはっきり言っている。
対人関係はそれではいけません。信用ではなく「信頼」の関係を築く必要があります。信頼とは無条件のものです。「信じられない時にあえて信じる」のが信頼です。
(サイボウズ式「『信頼』とは無条件のもの、『信じられない時にあえて信じる』のが信頼──『嫌われる勇気』岸見一郎先生に聞く」)
これを読んで、なるほどと思ったかというと、思わなかった。信じられない時にあえて信じる、ができない。相手のことが分からない段階で無条件に預けるのは、やっぱり無理がある。
意見は変わらなかった。ただ、本が何を言っているのかは、はっきりした。
でも、信用が積もった先が信頼じゃないか
本は、信用と信頼を二択で並べている。条件つきか、無条件か。どちらを選ぶか、という話になっている。
でも実際は、二択ではなく段階じゃないだろうか。
はじめは条件つきで、少しだけ預ける。返ってくる。また預ける。それが何回か続くと、そのうち、いちいち確かめなくなる。対価があるからやっていたことを、対価がなくてもやるようになる。
その状態を、僕は信頼と呼んでいる。信用が積もった先にあるものが、信頼だ。
本の順番は、こうだ。
信頼する → 仲間になる
僕の順番は、こうなる。
信用する → 仲間になる → 信頼する
同じ言葉を使っているのに、置き場所が逆になっている。
入口が「信用」だと、何がいいか。始められることだと思う。知らない相手にいきなり無条件で預けるのは無理でも、条件つきで少しだけなら渡せる。そこから積み上げていける。
本の順番だと、最初の一歩が無条件の信頼になる。そこからは、よう始めん。
まとめ——同じ2つの言葉を、正反対の順に置いている
本は、信頼してから仲間になると言う。僕は、信用を積んで仲間になった、その先に信頼があると思う。同じ2つの言葉を、正反対の順に置いている。
どちらが正しいかは、決められない。無条件で人を信じられる人は実際にいるだろうし、それができるなら、本の言う通りにすればいいと思う。
ただ、僕にはできない。相手のことを何も知らないうちから無条件に預けるのは、勇気というより、ただの投げやりに見える。
だから僕は、始められるほうを採る。条件つきで、少しだけ渡してみる。返ってきたら、もう少し渡す。それを続けた先に、いちいち確かめなくてもよくなる相手が残る。
その相手のことを、僕は仲間と呼ぶし、信頼していると言う。
本と同じ場所にたどり着けるのかは、分からない。ただ、この順番なら、歩き出すことはできる。
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書籍情報
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』
著者:岸見一郎、古賀史健
出版社:ダイヤモンド社
発売:2013年12月
