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『反応しない練習』に、テキトーな反応ばかりだと、ぼんやり感や虚しさが増えていく、という一文がある。
ショート動画を思い出して、しっくりきた。
見ている最中は楽しいのに、見終わると虚しい。
1章で一番納得した一文
1章は、反応する前に「まず、理解する」という章だ。その中で、歩きスマホの話が出てくる。
歩きスマホは、テキトーに反応しているだけ。それが、つい反応する、つい妄想する、という心のクセを強めてしまうはずだ、と本は言う。
この本を読んで、一番納得したのがここだった。
見ている最中は楽しい。虚しいのは、見終わったあと
本の一文は、こうだ。
「テキトーな反応」だけだと、ぼんやり感や虚しさが増えていくのではないでしょうか。
これは、結構しっくりきた。
歩きスマホは、何もかもがテキトーというか、半端にしかできない。そういう行為が習慣になれば、ぼんやりした感じや虚しさは、たしかに増えそうだ。
ショート動画の流し見も同じだと思う。見ている最中は、瞬間瞬間で楽しいときもある。でも、見終わって気がつくと、時間が溶けている。ものすごく後悔したりする。虚しさが来るのは、見終わったあとだ。
未来は点で、過去は線で見える
前に、『嫌われる勇気』の「いま、ここ」の話について書いたとき、未来も点で考えればいい、と書いた。
『嫌われる勇気』が実践できないのは、振り幅のせいだった——幅を戻せば使える
未来は分からない。だから、一瞬一瞬の点で、この先のことを考えるしかない。線で計画するのは、無理だ。
でも、過去は違う。過去は点ではなく、通ってきたところだ。だから、線で見ることができる。
ショート動画の虚しさも、ここから来ているんだと思う。見ている最中は、今という点にいる。見終わって振り返ると、通ってきた時間が一本の線になって見える。その線が、テキトーな反応ばかりでできている。だから虚しい。
惰性でやらず、やると意識してからやる
本は、充実感を大事にしたいなら、テキトーな反応を減らすことだと言う。そのために勧めているのが、「カラダの感覚を意識する」ことだ。たとえば通勤の道の途中で、こうする。
歩いているときは、「右、左」とアタマの中で言葉で確認しながら、足裏の感覚を感じ取るようにします。
歩いていることに意識を向ける。これには賛成だ。
やってみても、楽しいという感じではない。でも、ほかのことにテキトーに意識が向かなくなる。その日の振り返りや、会社に行って何をしようかを、中途半端に考えなくなる。だから、気がめいるような嫌な気持ちになりにくい。
落ち着いて今日やることを考えるのと、半端に考えるのとでは、何かが違う。うまく言えないけど、自分で考えてやろうとしているから、前向きに取り組める。そんな感覚がある。
ただ、これは歩いているときの話だ。歩きたくて歩いているわけではない。スマホを触りたい、動画を見たい、というのとは少し違う。
スマホを触りたいなら、触ればいい。ただ、いつもの癖でSNSのアプリを開いて、テキトーに画面をスクロールするのと、調べたいことがあってスマホを開くのとでは、大きく違うと思う。
僕がショート動画を次々めくらず、気になったものを選んで見るようにしているのも、たぶんそういうことだ。
カラダの感覚を意識するのとは少し違う。でも、何かをするときに惰性でやるのではなく、やると意識してからやる。それが大事な気がしている。
まとめ——虚しさは、振り返ったときに出てくる
見ている最中は楽しい。虚しくなるのは、見終わったあとだ。
未来はわからないから、点で考えるしかない。でも過去は、通ってきたところだから、線で見える。テキトーな反応を積み重ねた時間は、線で振り返ったときに、虚しさになるのだと思う。
スマホを触りたいなら、触ればいい。ただ、惰性でやるのではなく、やると意識してからやる。
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書籍情報
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』
著者:草薙龍瞬
出版社:KADOKAWA
発売:2015年7月
ここまで僕の読み方を書いてきましたが、同じ本を読んでも、違うことを思う人はいると思います。気になったら、自分で確かめてみてください。
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