『嫌われる勇気』と『反応しない練習』、続けて読んで近かったのはどっちか——0か100か、加減か

本記事にはアフィリエイト広告(PR)を含みます。

『嫌われる勇気』と『反応しない練習』。どちらも、悩みを消すことを掲げた本だ。

続けて読んで、手応えが違った。『嫌われる勇気』は引っかかるところが多く、『反応しない練習』は納得が多かった。

同じ承認欲の話でも、扱い方が違っていた。

目次

同じ「悩みを消す」本なのに、手応えが違った

『嫌われる勇気』を読み終えて、次に読んだのが『反応しない練習』だった。

どちらも、悩みを消すことを掲げている。販売ページの紹介文では、『嫌われる勇気』は「対人関係の悩み、人生の悩みを100%消し去る」対話篇。『反応しない練習』は、副題からして「あらゆる悩みが消えていく」だ。

『嫌われる勇気』は、引っかかるところが多かった。言っていることは分かる。でも、言葉の使い方や話の運びで、何度も立ち止まった。

『反応しない練習』は、似た考え方のところが多く、納得することが多かった。

ただ、どちらを読んでも、僕の考えは変わらなかった。変わらなかったのは同じなのに、読んでいる間の手応えは違う。

2冊を並べてみて、扱い方が一番違っていたのが、承認欲の話だった。

『嫌われる勇気』は、承認欲求を否定する

『嫌われる勇気』の3章に、承認欲求の話が出てくる。アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定する。

われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」のです。

たしかにそうだと思う。ただ、誰からも期待されないのも、それはそれでつらい。孤独じゃないか。

承認欲求を持ちましょう、と言いたいわけではない。でも、否定したいわけでもない。なんで0か100なん、と思った。好きな人には良く思われたいし、どうでもいい相手にはどう思われてもいい。相手によって違う。

この引っかかりは、以前の記事で詳しく書いた。

『嫌われる勇気』が実践できないのは、振り幅のせいだった——幅を戻せば使える

ここで押さえておきたいのは一つだけ。『嫌われる勇気』は、承認欲求を否定する側に立っている。

『反応しない練習』は、承認欲を「大切にしてよい」と言った

『反応しない練習』にも、承認欲の話が出てくる。こちらは、意外な言い方だった。

承認欲は大切にしてよいと思います。

この手の本で、こんなセリフが出てくるとは思っていなかった。

本の考え方では、人は快と不快のあいだを揺れ動きながら生きている。だから快を大事にしていいし、欲を満たすことも悪くない。承認欲も、それが自分にとっての快なら求めてよい。ただし、膨らみすぎて不満が出るようになったら、それはもう不快だから手放せ、という。

否定でも、全肯定でもない。加減の話だ。

とはいえ、この加減が難しい。人は一度満たされると、もっと、となる。テストで80点を取ったら、次は90点を目指す。85点なら、まだ上がったぶん納得できる。でも75点だったら、たとえ前より難しいテストだったとしても、落ちた数字のほうが目につく。

だから、やるならゴールのほうを動かすしかないんじゃないかと思った。不満が出たら、求めすぎていたと考えて、ゴールを下げる。下げたゴールを何度も満たせるようになったら、ほんの少しだけ上げる。

承認欲を目的にはするな、が分からなかった

『反応しない練習』は、承認欲を大切にしていいと言ったあとで、こう続ける。承認欲は動機として使うだけにして、目的にはするな。他人がどう思うかは、自分ではどうにもできないから、と。

言っていることは分かる。でも、結局、動機=目的じゃないか、と思った。分けることなんて、できるのか。何かを頑張るとき、他人からの評価を気にするのは仕方ない。頑張る目的が他人、ということもまあまああると思う。

本はさらにこう言う。

最初の動機が何であれ、いったん始めたら〝内面的な動機〟に立って励むことです。つまり、集中や充実感といった心の〝快〟を大事にして、一つの作業を続けることです。

ここは、やっぱり分からなかった。内面的な動機に切り替えろというのは、目的を変えろということじゃないのか。それだと、かえって見失わないか。

たぶん、僕が目的と動機を同じものとして捉えているから、こう引っかかるんだと思う。

読み終えてから、ここを読み返した。

最終章を読んだとき、僕はこう考えていた。他人を巻き込まない、嘘のない、正しいと思える芯を作って、それに沿って生きられたら、それで十分な気がする。

内面的な動機というのは、これのことかもしれない。誰かの役に立ちたい、というのは外面的な動機だ。内面的なところでは、自分が納得できる、正しいと思えることをやっているかどうか。そう置き換えると、少し分かった気がする。

ただ、本が言う「集中や充実感」とは、ちょっと違う。僕が読んだのは、納得できるかどうかのほうだ。

まとめ——0か100か、加減か

2冊を並べると、承認欲の扱いははっきり分かれていた。

『嫌われる勇気』は、承認欲求を否定する。『反応しない練習』は、大切にしてよいと言い、膨らみすぎたら手放せと言う。0か100か、加減か。

『嫌われる勇気』を読み終えたとき、言いたいことは分かるけれど、ここまで極端ではなく、もっと緩く捉えている気がする、と思った。緩く捉える自分には、加減の話をする『反応しない練習』のほうが近かった。

承認欲を目的にするな、という話も、最後は、自分が納得できるかどうか、という自分の言葉に置き換えて受け取った。

もう一つ、思い当たることがある。

僕はよく、感情の起伏が浅い、悟っている、諦めている、と言われる。周りからはそう見えるのかもしれない。でも実際は、反応しないようにしている。まだまだ、そうなれてはいないけれど。

不快に感じることは、日常にいくらでもある。でも、怒ったところで仕方がないことも多い。だから反応しないようにして、なんなら、なかったことにしている。

これを突き詰めたら、この本で紹介されていることだと思う。だから、納得が多かった。

『嫌われる勇気』を読んだときに考えた、感情に乏しく見える人は2種類いるのかもしれない、という話ともつながっている。

『嫌われる勇気』は感情をつくり出していると言うけれど、腹が減るのと同じじゃないか

どちらを読んでも、僕は変わらなかった。変わらなかったのは同じでも、『反応しない練習』は、自分がやってきたことに近い本だった。

関連記事

・『嫌われる勇気』が読みにくかったのは、対話形式のせいだった
・『嫌われる勇気』は矛盾しているのか——引っかかったら、考え方より先に言葉を疑う
・『嫌われる勇気』の「誰の課題か」を、本のゴミ拾いの例に当てたら答えが割れた
・『反応しない練習』の「判断は気持ちよい」が分からなかった——答えは、本の中に書いてあった

書籍情報

『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』
著者:草薙龍瞬
出版社:KADOKAWA
発売:2015年7月

『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』
著者:岸見一郎、古賀史健
出版社:ダイヤモンド社
発売:2013年12月

ここまで僕の読み方を書いてきましたが、同じ本を読んでも、違うことを思う人はいると思います。気になったら、自分で確かめてみてください。

Audibleの無料体験で聴いてみる

Amazonで『反応しない練習』を見る

楽天ブックスで『反応しない練習』を見る

『反応しない練習』はAudibleの聴き放題対象です(5時間21分)。30日間無料で、期間中に解約すれば料金はかかりません。対象作品は変わることがあります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次